2018-01-01から1年間の記事一覧
ほほえみの影おくりゆくしもばしら ☆ 霜月十二日は七十二候、地始凍の頃。その早朝、叔父の訃報を受ける。いつも静かに微笑みをたたえていた佇まいが目に浮かぶ。霜が立つと大地が水で潤されていたことに気づかされる。知らず支えてくれていた人は旅立った。…
色とりどりの貝殻を一杯にのせた少女の両手。ていねいにお金を戴く掌。思いがけぬ指先のつめたさ。色あせた手書きの文字。肩におかれた静かな手。小指を強くにぎりしめてきた手。最期の握手。 書き記してきたものには「手」や「掌」にふれたものが数多ある。…
てのひらにときのしずくをうけとめてにぎりしめればふゆのぬくもり
花の潮みちてひかりあふれ 声つつむ翼は風に舞い 太古の海原かがやき響き 青ふかき夜空にうたを待つ
まばゆい光ににびいろの霧を たえない足音に透明なせせらぎを ふりそそぐ熱線に鋼の流氷を いさかいの鐘にやわらかな雨を 慟哭する後ろ姿に古の枯れぬ泉を 迷いさすらう歩みに花の香たたえる涙を つかれはてた今日に葉先からほほえむ雫を
舞いおりた欠片は雨に憩い風を待つ 根は低く奏で沈黙の蕾によりそう 光にとけ佇み招きの声を知る かがり火を享け波に惑う朱鷺色のあゆみ 微笑みは天をきよめ腕しなやかに蝶と遊ぶ 瞳に星の記憶奈落の底は夢景色
藤棚の香りたどれば幼き日
かがり火に鵜とむすぶ絲ほそき指
白南風の遠い調べは星の砂
紺碧の空にいだかれ夏花火
ガラス戸越しのベランダに人影を感じた。男の子が一メートルほどの壁の上にいる。壁の上面は五センチ巾しかない。見る間に手すり際を通り過ぎ、消えた。
つめたき手ふれるてのひら さつきあめ
「終点です」 北と南を結ぶ路線、 仕事場は中間の駅辺りにあり、 北の終点から程近いところに住んでいる。 南の終点だった。 北行きの電車に乗る。 「終点です」 南の終点だった。 乗りかえる前に個室トイレへ。 出ようとしたらドアが開かず、 体当たりして…
詩文集が完成した。 濃い緑色の衣につつまれ、言葉にあらたな息吹がふきこまれたかのようだ。手ざわりがとてもよい。表紙の色合いに、刻まれた白い題字が映える。三か月前から準備し、原稿の選定、並べ方や文字の大きさ、字間・行間・余白の調整、製本の検討…
電車から降り、エスカレーターに向かおうとしたとき、割り込んできた男の足が足首に当たった。注意しようと追いかけたが逃げ足が速い。人を押しのけ、次のエスカレーターも駆け降りていく。 上から見ていると。 トイレに駆け込んだ。 許す。
地を這うとも天をあおぎとどかずとも耳をすます 啓くは ひとり歩むは ふたり ひとみ凝らせば葉影にゆれる露 道 掃き浄め手 さしのべ 空しさに訪れる藤紫のかおり 花 咲きいのち 地を満たし花 散りいのち 天に充つ
布団の中で寒気がして、深夜熱が上がるのを感じた。翌朝測ると平熱よりかなり高く、医者に行くと流行性感冒と診断され外出禁止を余儀なくされた。翌日以降は熱も出ず、このまま軽く終わると思われ、治ったのか確認のため、鼻もやや詰まるので、耳鼻科に行く…
薄茶に古びた罫線紙に褪せたインクの変わり仮名がゆれている。傷んだ表紙を緋色の和紙で装い、擦れた頁の天地を切りそろえ、ほつれかけていた糸を綴じなおす。 母が子ども時代を過ごした台湾について十代後半に書き留めた手記を、三年前、母が急逝した直後に…