ほほえみの影おくりゆくしもばしら ☆ 霜月十二日は七十二候、地始凍の頃。その早朝、叔父の訃報を受ける。いつも静かに微笑みをたたえていた佇まいが目に浮かぶ。霜が立つと大地が水で潤されていたことに気づかされる。知らず支えてくれていた人は旅立った。…
色とりどりの貝殻を一杯にのせた少女の両手。ていねいにお金を戴く掌。思いがけぬ指先のつめたさ。色あせた手書きの文字。肩におかれた静かな手。小指を強くにぎりしめてきた手。最期の握手。 書き記してきたものには「手」や「掌」にふれたものが数多ある。…
てのひらにときのしずくをうけとめてにぎりしめればふゆのぬくもり
花の潮みちてひかりあふれ 声つつむ翼は風に舞い 太古の海原かがやき響き 青ふかき夜空にうたを待つ
まばゆい光ににびいろの霧を たえない足音に透明なせせらぎを ふりそそぐ熱線に鋼の流氷を いさかいの鐘にやわらかな雨を 慟哭する後ろ姿に古の枯れぬ泉を 迷いさすらう歩みに花の香たたえる涙を つかれはてた今日に葉先からほほえむ雫を
舞いおりた欠片は雨に憩い風を待つ 根は低く奏で沈黙の蕾によりそう 光にとけ佇み招きの声を知る かがり火を享け波に惑う朱鷺色のあゆみ 微笑みは天をきよめ腕しなやかに蝶と遊ぶ 瞳に星の記憶奈落の底は夢景色
藤棚の香りたどれば幼き日
かがり火に鵜とむすぶ絲ほそき指
白南風の遠い調べは星の砂
紺碧の空にいだかれ夏花火
ガラス戸越しのベランダに人影を感じた。男の子が一メートルほどの壁の上にいる。壁の上面は五センチ巾しかない。見る間に手すり際を通り過ぎ、消えた。
つめたき手ふれるてのひら さつきあめ
「終点です」 北と南を結ぶ路線、 仕事場は中間の駅辺りにあり、 北の終点から程近いところに住んでいる。 南の終点だった。 北行きの電車に乗る。 「終点です」 南の終点だった。 乗りかえる前に個室トイレへ。 出ようとしたらドアが開かず、 体当たりして…
詩文集が完成した。 濃い緑色の衣につつまれ、言葉にあらたな息吹がふきこまれたかのようだ。手ざわりがとてもよい。表紙の色合いに、刻まれた白い題字が映える。三か月前から準備し、原稿の選定、並べ方や文字の大きさ、字間・行間・余白の調整、製本の検討…
電車から降り、エスカレーターに向かおうとしたとき、割り込んできた男の足が足首に当たった。注意しようと追いかけたが逃げ足が速い。人を押しのけ、次のエスカレーターも駆け降りていく。 上から見ていると。 トイレに駆け込んだ。 許す。
地を這うとも天をあおぎとどかずとも耳をすます 啓くは ひとり歩むは ふたり ひとみ凝らせば葉影にゆれる露 道 掃き浄め手 さしのべ 空しさに訪れる藤紫のかおり 花 咲きいのち 地を満たし花 散りいのち 天に充つ
布団の中で寒気がして、深夜熱が上がるのを感じた。翌朝測ると平熱よりかなり高く、医者に行くと流行性感冒と診断され外出禁止を余儀なくされた。翌日以降は熱も出ず、このまま軽く終わると思われ、治ったのか確認のため、鼻もやや詰まるので、耳鼻科に行く…
薄茶に古びた罫線紙に褪せたインクの変わり仮名がゆれている。傷んだ表紙を緋色の和紙で装い、擦れた頁の天地を切りそろえ、ほつれかけていた糸を綴じなおす。 母が子ども時代を過ごした台湾について十代後半に書き留めた手記を、三年前、母が急逝した直後に…
ゆるやかな衣が浮きあがりたたずむ キミは冬 微かなひかりは風にひびき こころ はずみこころ しずみ 頬を撫でたのは誰か皮膚だけが知る珊瑚色のふるえ
黒いものが手の甲でうごめいている 手を強くふるとテーブルにおちて足をばたつかせひっくり返すと指にしがみつく弾くとおちてもがいている ようやく足が下になりテーブルの端へ移り見えなくなる カップに湯をそそぐとバタバタあばれている掬うとくっつく布巾…
静かに坐る見ることを歩くことを奪われても * 床を叩き泣きじゃくるそう立つときはひとり
夜空焦がす鐡花火 生命の水も枯れはてて 息をふさぐ熱気流 母を呼ぶ声子を求む声
降り射す太陽は光やわらげ背をあたため 吹きつける風は冷たさを秘め頬をなで 突き刺さす眼差しは深く息をはき遠くいたわり 静かに照らす月は顔をあげて歩くその日をまもる
仕事場近くの居酒屋を、昼は海鮮丼など定食もあるので、ときどき利用する。隣の席の男性が、かなり出来上がっていて、店の奥にいる背広を着た客になにやら絡んでいる。たすき掛けした若い女性の店員が隣の席に近づき、会話は聞こえないが、たしなめている様…
かたちあるもの いつか かたちなきもの とわに * 星の瞬きをつつむ 微かな若緑のひびき 目をとじれば 香る ひかり * かがやくもの やみに とざされたとき やみが
花の潮みちて ひかりあふれ 声つつむ翼は 風に舞い 太古の海原 かがやき響き 青ふかき夜空に うたを待つ
駅から家までは十五分とかからないのでいつもは歩くが、荷物の多いときや雨の日は市内循環バスを利用する。十四ある座席もふくめて定員は二十名ほどの小型バスで、乗客どうしの間合いもちかい。初めて席をゆずられたのがこのバスだ。 冷えこみがつづいたあと…
はるかちきゅうのおくふかく はるかうちゅうのそらとおく ときをきざんだ はださわり はなのなみだは かぜのなか はなのあとにはわかみどり はなのまえにはふかみどり ゆきのころもは べつあつらえ きんのひかりに たびじたく みあげるひとみに はなこみち …
白い花びらは 語りえぬことば 棘をたどり ふりつもる 若草色の歌声は 光つよく朝をつげ 鐘の響きにおくられて 碧き谷間にこだまする 扉の鍵は胸のなか だれもふれえぬ鉛色 祭りのあとの空車 白馬に曳かれ闇をゆく 歩みためらう足取りは 地をたしかめるあかし…
息をとめてはいきられぬ ゆっくりしずかにはくことだ 知らないものをはくことだ 抱えていないではくことだ ゆるゆるゆるゆる 緩んででこないか はにはにはにはに 柔らかくなる いつものけしきが新しい いつもけしきは新しい 光りがちがうせいじゃない 影がお…