光の扉

見よ

星の旅立つ久遠の扉を
楽の音薫る天上の窓を
深淵の海に埋もれし新生の泉を

扉の鍵は何処に

明日なき海空に散りし瞳か
ただ花を手向け黙し跪く姿か
哭する背中に差し伸べられた手か

それはまた

走抜けた少女の咲きこぼれる笑顔か
闇こそ包む愛しき影か
食卓に添えられた一輪の風か

耳を澄ませ

ふたりに託されたことばに
古の書物に預けられた調べに
懐かしきふるさとの歌に

いまここに

切り出された静寂の畔を行く
遅く小さき歩みの中に
光立ち

迷い畏れし
漆黒の青に
夜の虹懸れり

 

雑司ヶ谷にある誰だか分からない人の墓、―――これも私の記憶に時々動いた。私はそれが先生と深い縁故のある墓だという事を知っていた。先生の生活に近づきつつありながら、近づくことの出来ない私は、先生の頭の中にある生命の断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれども私に取ってその墓は全く死んだものであった。二人の間にある生命(いのち)の扉を開ける鍵にはならなかった。寧ろ二人の間に立って、自由の往来を妨げる魔物のようであった」(上 十五)

(夏目漱石『こころ』)