2015-01-01から1年間の記事一覧

手紙

光に祝福された街。その地を去ることを余儀なくされた母の、誰の眼にも触れ得なかった手記は、愛惜の情に満ち溢れていた。 中国語訳と原本が在籍していた女学校の創立百周年記念に展示される。卒業した小学校で古い学籍簿と対面した。メディアに載り、また姉…

こころ ともに

かなしみに、ひとはひととむすばれ、さむしみに、ひとはこころのふるさとへといざなわれおのれをささぐ。 むかいあい、かわしたつきせぬことばをもくし、たまなるいしをふみしめ、とわのみちをあゆみゆく。ふたりなのかひとりなのか、ひとりでもありまたふた…

こころのふるさと

ラジオから流れくる旋律は、幼き心を甘く染めた。浜辺の波の如く満ちては返す慈しい響き。光立つ音の雫。今も耳にするたび、はるか遠くそして近く、切なく愛おしく懐かしい。 託された音を楽曲へと紡ぎ編みあげ、妙なる音色を湛えた器を世に送り、磨き澄まし…

徘徊する自由

叫び喚き噛みつき悪魔といわれた「認知症」の女性が、閉じ込められた部屋のドアが開けられ解放され、外に飛び出し何キロも歩き、その日を境に怒りは静まったという。 ふと祖母を思った。亡くなる直前、食事ができなくなり、鼻から管を通され苦しそうだったが…

名なき者

「失礼します」 駅のホームで声をかけられて振り返ると、拭き掃除をしている男性だった。手摺が曇りなく磨き込まれ、近くのエスカレーターの金属部分が眩しいほどに光っていた。 海外生活から帰国したときの、羽田空港から家までの光景が知らず蘇った。街を…

ネックレス

ニュージーランド旅行のお土産に、母に肌触りが柔らかな羊毛のカーディガンを買ってきた。従弟のお嫁さんにはエメラルドグリーンの石をあしらったネックレスを渡した。 それを見て母が、ネックレスがよかった、とポツリ。 お嬢様育ちで、かえって宝飾類への…

荘厳する聲

藍色の空の下、一面の眩い緑の芝生に、色鮮やかなジャージー姿の子どもたちが走り廻り歓声をあげる。 散歩に出る園児たちの「ハーイ」という声が、保育園の玄関一杯に響き渡る。 赤ん坊の突き抜けるような泣き声が、コミュニティーバスの小さな車内を震わす…

色なき色

10代最後の夏、礼文島を訪れた。砂地の斜面を攀じ登ると、利尻富士を背景にして、花々に彩られた台地を一望できた。花畠を縫うように一日中歩き廻った。さすがに帰路、海岸沿いの道に下りるころには疲労困憊であった。 夕映えの波打ち際を小石踏みしめ歩い…