名なき者

 「失礼します」

 

 駅のホームで声をかけられて振り返ると、拭き掃除をしている男性だった。手摺が曇りなく磨き込まれ、近くのエスカレーターの金属部分が眩しいほどに光っていた。

 

 海外生活から帰国したときの、羽田空港から家までの光景が知らず蘇った。街を走る車の窓ガラスや車体、品々を並べた店舗のショーウィンドー、どこもかしこも耀いていて何と美しかったことか、誇らしかった。

 

 見えざる手の営みに護られ育まれている平らかな日々がある。

 

<『手仕事の日本』柳宗悦