こころ ともに

かなしみに、ひとはひととむすばれ、さむしみに、ひとはこころのふるさとへといざなわれおのれをささぐ。 むかいあい、かわしたつきせぬことばをもくし、たまなるいしをふみしめ、とわのみちをあゆみゆく。ふたりなのかひとりなのか、ひとりでもありまたふた…

こころのふるさと

ラジオから流れくる旋律は、幼き心を甘く染めた。浜辺の波の如く満ちては返す慈しい響き。光立つ音の雫。今も耳にするたび、はるか遠くそして近く、切なく愛おしく懐かしい。 託された音を楽曲へと紡ぎ編みあげ、妙なる音色を湛えた器を世に送り、磨き澄まし…

徘徊する自由

叫び喚き噛みつき悪魔といわれた「認知症」の女性が、閉じ込められた部屋のドアが開けられ解放され、外に飛び出し何キロも歩き、その日を境に怒りは静まったという。 ふと祖母を思った。亡くなる直前、食事ができなくなり、鼻から管を通され苦しそうだったが…

名なき者

「失礼します」 駅のホームで声をかけられて振り返ると、拭き掃除をしている男性だった。手摺が曇りなく磨き込まれ、近くのエスカレーターの金属部分が眩しいほどに光っていた。 海外生活から帰国したときの、羽田空港から家までの光景が知らず蘇った。街を…

ネックレス

ニュージーランド旅行のお土産に、母に肌触りが柔らかな羊毛のカーディガンを買ってきた。従弟のお嫁さんにはエメラルドグリーンの石をあしらったネックレスを渡した。 それを見て母が、ネックレスがよかった、とポツリ。 お嬢様育ちで、かえって宝飾類への…

荘厳する聲

藍色の空の下、一面の眩い緑の芝生に、色鮮やかなジャージー姿の子どもたちが走り廻り歓声をあげる。 散歩に出る園児たちの「ハーイ」という声が、保育園の玄関一杯に響き渡る。 赤ん坊の突き抜けるような泣き声が、コミュニティーバスの小さな車内を震わす…

色なき色

10代最後の夏、礼文島を訪れた。砂地の斜面を攀じ登ると、利尻富士を背景にして、花々に彩られた台地を一望できた。花畠を縫うように一日中歩き廻った。さすがに帰路、海岸沿いの道に下りるころには疲労困憊であった。 夕映えの波打ち際を小石踏みしめ歩い…

自分より自分に近い何ものか

ここにいてはならない。 天から舞い下りた音の花びらが河面を遍く彩りながら流れゆくが如き響きに、その声を聞いた。 親の敷いてくれたレールのまま卒業後の道筋が定められようとしていたときだった。 今へと扉が開かれてゆく序章となった。 心の呟きだった…

過ぎいく時間 過ぎいかぬ時

小学校高学年になると週番という役割があり、五年生と六年生が組み、放課後学内を回って各教室を点検したりした。五年生になり初めての週番のとき六年生の女子と組んだ。 こころが切なく遠い憧れに充たされた。 小学校低学年のときは身体が弱く休んでばかり…

待つ 2

母が2度流産したことを父がふと漏らしたことがあった。母の胎内でその命を全うした兄か姉がいたというのは、悦びにも似た感動であった。母がその悲しみ辛さを語ることはなかったが、赤子を授かり胸にする日を切に待ち望んだことだろう。 母の亡くなった後、…

待つ

待つ 23年前父が心筋梗塞で急逝。 留学準備中で、TOEFLの成績も基準スコアを超え推薦文も受取り、会社にも退職を伝え業務引継ぎ中というときであった。高齢の祖母の面倒を母ひとりでみるのは難しいと判断し留学を断念した。 会社に戻る氣にもならず、語学…

やわらかに内につつみ

不可視なことばに託されたもの

母が遺した手記を自費出版するため原稿をパソコンで書き起こし、「・・・昭和23年結婚。二男をもうける。平成26年他界」と略歴をまとめているとき、この66年間、特に二人きりだった晩年は、どういう氣持ちでいたのだろうか幸せだったのだろうかという思いが…

光の経験

5月に母が急死。 悲しみの底の時、赤い和紙の表紙、茶色くなった紙に綴られた、子ども時代の台湾を偲ぶ手記を発見した。呼応するように、その頃の写真を初めて見る機会も得た。知らなかった、真っ黒に日焼けし満面に笑みを湛えた元氣溢れる母がいた。そして…