凡庸なる非凡さ

雨風の冷たい日、東北のある街へ赴いた。 予定を終え打ち上げ会場へ向かうが手間取り、着いたのがバス発車時刻の30分前であった。そこから停留所迄は1、2分とのことなので乾杯だけでもと思ったが、不安が、危ないという思いがよぎった。 皆と分かれバス…

時 の 間

おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろふ笑ふらんかも

声を聞けばよい。 俯瞰することも声高に語ることもいらぬ。上から見下ろさず、無限の時とともに果てない大地を見渡し、静かに微笑みながらとどまり、総てを感じる。無限の彼方、あちらからの声、声なき声に耳を澄ます。砂地に刻まれた小賢しい言葉は波が連れ…

みち の みち

みつけた

静かな場所

不肖の弟子にとって、師匠はありがたい。ふと怠りがちな大切なことを繰り返し、その必要なときに身に染むよう指摘してくれる。こちらを憚り誰もが言ってくれないことを直截に伝えてくれる。破門寸前になったり、あるいはこちらから異を唱え、別の道へと袂を…

ときとそらのなかに

そのピアニッシモは、沈黙に灯された小さな雫の如く、静かにその波紋を広げ、心の扉を開放してくれた。 盲目の音楽家とは何者か。原初生命体であった何者かは、藍鉄色の深海に育まれた響きを全身で受けとめていたのではないか。母の海に抱かれた何者かは、生…

きみ は だれ  キミ こそ だれ

おじゃまします

出口なのか 入口なのか

いつくしき ひかり

ひかりは どこから

アメニモ マケヌ

あめのしずく

とびらは ここ

いま てを つなご

そら は そらのもの

しろ に そまる

ひかり は きみ

なつ たちぬ

きせき しか ない

「み」

<人間にとって自分の身体をどう見るかは、大きい問題である。自分の身体を非常に大切に考える人と、身体のことなど、どうでもいいという態度をとる人とがある。しかし、ここではそのような差ではなく、西洋のキリスト教的な考えによる、霊(スピリット)と身…

手紙

光に祝福された街。その地を去ることを余儀なくされた母の、誰の眼にも触れ得なかった手記は、愛惜の情に満ち溢れていた。 中国語訳と原本が在籍していた女学校の創立百周年記念に展示される。卒業した小学校で古い学籍簿と対面した。メディアに載り、また姉…

こころ ともに

かなしみに、ひとはひととむすばれ、さむしみに、ひとはこころのふるさとへといざなわれおのれをささぐ。 むかいあい、かわしたつきせぬことばをもくし、たまなるいしをふみしめ、とわのみちをあゆみゆく。ふたりなのかひとりなのか、ひとりでもありまたふた…

こころのふるさと

ラジオから流れくる旋律は、幼き心を甘く染めた。浜辺の波の如く満ちては返す慈しい響き。光立つ音の雫。今も耳にするたび、はるか遠くそして近く、切なく愛おしく懐かしい。 託された音を楽曲へと紡ぎ編みあげ、妙なる音色を湛えた器を世に送り、磨き澄まし…

徘徊する自由

叫び喚き噛みつき悪魔といわれた「認知症」の女性が、閉じ込められた部屋のドアが開けられ解放され、外に飛び出し何キロも歩き、その日を境に怒りは静まったという。 ふと祖母を思った。亡くなる直前、食事ができなくなり、鼻から管を通され苦しそうだったが…

名なき者

「失礼します」 駅のホームで声をかけられて振り返ると、拭き掃除をしている男性だった。手摺が曇りなく磨き込まれ、近くのエスカレーターの金属部分が眩しいほどに光っていた。 海外生活から帰国したときの、羽田空港から家までの光景が知らず蘇った。街を…

ネックレス

ニュージーランド旅行のお土産に、母に肌触りが柔らかな羊毛のカーディガンを買ってきた。従弟のお嫁さんにはエメラルドグリーンの石をあしらったネックレスを渡した。 それを見て母が、ネックレスがよかった、とポツリ。 お嬢様育ちで、かえって宝飾類への…

荘厳する聲

藍色の空の下、一面の眩い緑の芝生に、色鮮やかなジャージー姿の子どもたちが走り廻り歓声をあげる。 散歩に出る園児たちの「ハーイ」という声が、保育園の玄関一杯に響き渡る。 赤ん坊の突き抜けるような泣き声が、コミュニティーバスの小さな車内を震わす…

色なき色

10代最後の夏、礼文島を訪れた。砂地の斜面を攀じ登ると、利尻富士を背景にして、花々に彩られた台地を一望できた。花畠を縫うように一日中歩き廻った。さすがに帰路、海岸沿いの道に下りるころには疲労困憊であった。 夕映えの波打ち際を小石踏みしめ歩い…