風に舞い 雨に唄い 若芽の緑は色を深め 陽を浴び 影を与え 紅の羽根となり 乾いた響きを残し 幹に力蓄え 雪にいのち温める 蕾微笑み 重く満ちて ひとつふたつ 綻び 花弁たわわに花祭り 紺碧の空を彩り 手をつなぐ幼な児に はにかみ色を刻む 子どもは桜の贈り…

囁く石

だれも振りむかないとき そっと見まもる空 だれも聞いてくれないとき しずかに耳かたむける道 だれも声をかけないとき ちいさく囁く石 だれも伴に歩くもののいないとき ゆれる草むらを行く蝸牛 だれも支えてくれないとき さりげなく肌をさしだす樹 だれも抱…

『夢十夜 第一夜』(夏目漱石)寄せて

泪の雫は海の鍵盤を爪弾きふるさとの空へ旋律の虹をかける 引く波往く波百年の諧調をおりなす それは欠片の記憶億光年のしらべ 永遠の焔をたたえる密かやなかなしみ 瞼閉じれば涯しなき今 星が纏うは薄衣 闇に抱く鴇色の花影

十一歳

小学校のはじめの四年間、何をしていたのだろう。病欠が半分ちかくあったかもしれない。授業では下を向いておとなしくしているばかり。授業の合間に外で遊ぶこともまったくなかった。ひとり教室でぼんやりしていたのだろうか。 十一歳になった。身長が伸びた…

づんだ餅

づんだ餅は祖母の大好物だ。枝豆をやわらかくなるまで塩ゆでして鞘から出し薄皮もとり、つぶしながら少しずつ摺っていくと豆の青い香りが立ち、塩を加えると翡翠色があざやかに映え、砂糖を入れるとなめらかさが増してさらに艶やかになる。熱々の餅と和える…

赤い風舟

みえぬ墓石に跪く黒髪闇をすすみ 砂にもがきあすの扉にひかりなく知らされぬ鍵のゆくえ あふれ定まらぬ怒りにたたずみ丘から水平線をのぞめば海なでる白い羽に仮の宿りを思い知る 森に消えた面影を月に刻み 追いもとめ灼かれた足は宥められ彼方からの調べに…

ひかりの聖堂

飛翔のときか来迎かいのちの糸はいのち享けわが身のさだめ知らされる かがやくそらにいざなわれゆらめく波にあそばれて鼓動たかまりまたしずむ かえらぬ人の影を縫い戻らぬときをしたためて白き調べを弾きくらべ 色をいただく音の波歌を染めるは極楽鳥かさね…

細く微かなもの

背中から腰と脚にかけ激痛が走り、起き上がるにも坐るにも歩くのにも、痛みに耐えながらようやくという状態が続き、一時はこのまま動けなくなるのではないかという怖れすらあった。安静といわれ、とにかくできるだけ外出しないようにしているうち、重だるく…

風の音 龍の耳

インターネット上のやりとり、キーポードから打ち込まれた文字だけではなかなか感情は伝わらず誤解しがちだが、それでもやはり、「感じられる」と「聞こえる」の中間の働きのようなものによって、表された言葉から相手の心の動きを、苛立ち、親愛、悲鳴、歓…

天の水 分かつ

風笛に導かれ漆黒の闇を進む光の珠、銀の毒水を代わり受け、麗明の海に逝きし者の歩みか。天透ける女人の鎮魂歌、言葉奪われし影達の眼差し篤く包みて、古の黒き輝石の邑に染み入り、語る言葉その姿ひそめ語らざるものとの旅に誘う。水を分かつ地に育まれし…

光の扉

見よ 星の旅立つ久遠の扉を楽の音薫る天上の窓を深淵の海に埋もれし新生の泉を 扉の鍵は何処に 明日なき海空に散りし瞳かただ花を手向け黙し跪く姿か哭する背中に差し伸べられた手か それはまた 走抜けた少女の咲きこぼれる笑顔か闇こそ包む愛しき影か食卓に…

与えられた経験

舞い降りた手触りは、紅の衣に包まれた過ぎ去らぬ時。薄れかけた旧き文字に哀惜と歓びの詩あり。海原遥か心結ぶ光の街は宝の箱に収まりきらず。鈴鳴らし道行く牛車に花飾り、見上げる梢に朱の鳳、いま飛び立てり。疾く足高く明日を越え極まることなし。受け…

内なる色

光知り初めし幼子の心に宿るは何色か 億光年の沈黙から雫おちる音の誠を写す泉に懐かしき面影と恥じらいの微笑みが波紋を奏でる 土を耕し育むその見えぬ目は蒼穹の天を仰ぎ歩みゆくその後ろ姿は時の刻印を知らず 眠り深く明日なき道を辿れば遠く確かな大河の…

雪のソナタ

白き野に原初の音を刻み織りなす響き地を染める 歩を休めれば花灯り潤いの匂い寄り添いて 窓辺より冬の祈り零れはく息鎮み風に結ぶ 穿ち尽くせぬ年の輪ひとつはるか来し方の空を眺む 屋根に降り積む訪れに動かざる心ふと明日を夢見る 漆黒の炎に深淵の宴あり…

鉄路

ともにあるく ひとりあるく あしうらおりなす

ひかりかわすことば

あしうらを確かめ坂道に歩を刻む。顔を上げ眼差しは遥かなる海と夕焼ける雲にとけ合いひかり満ちる。古の笛に風の囁きを聞き、鐘の音、篤き大地にいのち深き響きあり。遥かなるものに包まれた慈くしき館の温かさに心和み、空を仰ぎ見て苦を代り受け逝きし影…

ふるさとの花

目を細めているのか、眠っているのか。新しき人を見つめる懐かしき眼差し。抱きしめるのは、いつも近しく遠い、今。樹木に遊び、灼けた大地をどこへまでも走る。汗の雫が舞い下り舞い上がり飛び至りて、古く新しき雲に溶け合う。 母国は異国であった。穏やか…

雲でなく山でもない私 雲であり山である私

そら そこに

空に叫び 花に想う

熱き風の下 言の葉強く静かなり

光 裂く

織りなす色

悲しみの果て、悲しみと愛しみと美しみとが織り成すその境域のさらにその先に、悲しみはその姿を変えよろこびの種子として新たな命を胚胎しそこにあるのだろう。あるときは共に生まれいずるものの深紅の激流に磨かれ、またあるときは先に逝きしものの住まう…

凡庸なる非凡さ

雨風の冷たい日、東北のある街へ赴いた。 予定を終え打ち上げ会場へ向かうが手間取り、着いたのがバス発車時刻の30分前であった。そこから停留所迄は1、2分とのことなので乾杯だけでもと思ったが、不安が、危ないという思いがよぎった。 皆と分かれバス…

時 の 間

おきなさび飛ばず鳴かざるをちかたの森のふくろふ笑ふらんかも

声を聞けばよい。 俯瞰することも声高に語ることもいらぬ。上から見下ろさず、無限の時とともに果てない大地を見渡し、静かに微笑みながらとどまり、総てを感じる。無限の彼方、あちらからの声、声なき声に耳を澄ます。砂地に刻まれた小賢しい言葉は波が連れ…

みち の みち

みつけた

静かな場所

不肖の弟子にとって、師匠はありがたい。ふと怠りがちな大切なことを繰り返し、その必要なときに身に染むよう指摘してくれる。こちらを憚り誰もが言ってくれないことを直截に伝えてくれる。破門寸前になったり、あるいはこちらから異を唱え、別の道へと袂を…

ときとそらのなかに

そのピアニッシモは、沈黙に灯された小さな雫の如く、静かにその波紋を広げ、心の扉を開放してくれた。 盲目の音楽家とは何者か。原初生命体であった何者かは、藍鉄色の深海に育まれた響きを全身で受けとめていたのではないか。母の海に抱かれた何者かは、生…