終点です

「終点です」 北と南を結ぶ路線、 仕事場は中間の駅辺りにあり、 北の終点から程近いところに住んでいる。 南の終点だった。 北行きの電車に乗る。 「終点です」 南の終点だった。 乗りかえる前に個室トイレへ。 出ようとしたらドアが開かず、 体当たりして…

緑の衣

詩文集が完成した。 濃い緑色の衣につつまれ、言葉にあらたな息吹がふきこまれたかのようだ。手ざわりがとてもよい。表紙の色合いに、刻まれた白い題字が映える。三か月前から準備し、原稿の選定、並べ方や文字の大きさ、字間・行間・余白の調整、製本の検討…

許す

電車から降り、エスカレーターに向かおうとしたとき、割り込んできた男の足が足首に当たった。注意しようと追いかけたが逃げ足が速い。人を押しのけ、次のエスカレーターも駆け降りていく。 上から見ていると。 トイレに駆け込んだ。 許す。

天花

地を這うとも天をあおぎとどかずとも耳をすます 啓くは ひとり歩むは ふたり ひとみ凝らせば葉影にゆれる露 道 掃き浄め手 さしのべ 空しさに訪れる藤紫のかおり 花 咲きいのち 地を満たし花 散りいのち 天に充つ

布団の中で寒気がして、深夜熱が上がるのを感じた。翌朝測ると平熱よりかなり高く、医者に行くと流行性感冒と診断され外出禁止を余儀なくされた。翌日以降は熱も出ず、このまま軽く終わると思われ、治ったのか確認のため、鼻もやや詰まるので、耳鼻科に行く…

時の光(かげ)

薄茶に古びた罫線紙に褪せたインクの変わり仮名がゆれている。傷んだ表紙を緋色の和紙で装い、擦れた頁の天地を切りそろえ、ほつれかけていた糸を綴じなおす。 母が子ども時代を過ごした台湾について十代後半に書き留めた手記を、三年前、母が急逝した直後に…

眼をとじれば

ゆるやかな衣が浮きあがりたたずむ キミは冬 微かなひかりは風にひびき こころ はずみこころ しずみ 頬を撫でたのは誰か皮膚だけが知る珊瑚色のふるえ

てんとうむし

黒いものが手の甲でうごめいている 手を強くふるとテーブルにおちて足をばたつかせひっくり返すと指にしがみつく弾くとおちてもがいている ようやく足が下になりテーブルの端へ移り見えなくなる カップに湯をそそぐとバタバタあばれている掬うとくっつく布巾…

五行歌

静かに坐る見ることを歩くことを奪われても * 床を叩き泣きじゃくるそう立つときはひとり

名もなき花

夜空焦がす鐡花火 生命の水も枯れはてて 息をふさぐ熱気流 母を呼ぶ声子を求む声

うつむく人

降り射す太陽は光やわらげ背をあたため 吹きつける風は冷たさを秘め頬をなで 突き刺さす眼差しは深く息をはき遠くいたわり 静かに照らす月は顔をあげて歩くその日をまもる

てのひら

仕事場近くの居酒屋を、昼は海鮮丼など定食もあるので、ときどき利用する。隣の席の男性が、かなり出来上がっていて、店の奥にいる背広を着た客になにやら絡んでいる。たすき掛けした若い女性の店員が隣の席に近づき、会話は聞こえないが、たしなめている様…

星からの贈り物

かたちあるもの いつか かたちなきもの とわに * 星の瞬きをつつむ 微かな若緑のひびき 目をとじれば 香る ひかり * かがやくもの やみに とざされたとき やみが

E Più Ti Penso

花の潮みちて ひかりあふれ 声つつむ翼は 風に舞い 太古の海原 かがやき響き 青ふかき夜空に うたを待つ

小さな旅

駅から家までは十五分とかからないのでいつもは歩くが、荷物の多いときや雨の日は市内循環バスを利用する。十四ある座席もふくめて定員は二十名ほどの小型バスで、乗客どうしの間合いもちかい。初めて席をゆずられたのがこのバスだ。 冷えこみがつづいたあと…

さくら

はるかちきゅうのおくふかく はるかうちゅうのそらとおく ときをきざんだ はださわり はなのなみだは かぜのなか はなのあとにはわかみどり はなのまえにはふかみどり ゆきのころもは べつあつらえ きんのひかりに たびじたく みあげるひとみに はなこみち …

Both a little scared                     Neither one prepared

白い花びらは 語りえぬことば 棘をたどり ふりつもる 若草色の歌声は 光つよく朝をつげ 鐘の響きにおくられて 碧き谷間にこだまする 扉の鍵は胸のなか だれもふれえぬ鉛色 祭りのあとの空車 白馬に曳かれ闇をゆく 歩みためらう足取りは 地をたしかめるあかし…

私への手紙

息をとめてはいきられぬ ゆっくりしずかにはくことだ 知らないものをはくことだ 抱えていないではくことだ ゆるゆるゆるゆる 緩んででこないか はにはにはにはに 柔らかくなる いつものけしきが新しい いつもけしきは新しい 光りがちがうせいじゃない 影がお…

風に舞い 雨に唄い 若芽の緑は色を深め 陽を浴び 影を与え 紅の羽根となり 乾いた響きを残し 幹に力蓄え 雪にいのち温める 蕾微笑み 重く満ちて ひとつふたつ 綻び 花弁たわわに花祭り 紺碧の空を彩り 手をつなぐ幼な児に はにかみ色を刻む 子どもは桜の贈り…

囁く石

だれも振りむかないとき そっと見まもる空 だれも聞いてくれないとき しずかに耳かたむける道 だれも声をかけないとき ちいさく囁く石 だれも伴に歩くもののいないとき ゆれる草むらを行く蝸牛 だれも支えてくれないとき さりげなく肌をさしだす樹 だれも抱…

『夢十夜 第一夜』(夏目漱石)寄せて

泪の雫は海の鍵盤を爪弾きふるさとの空へ旋律の虹をかける 引く波往く波百年の諧調をおりなす それは欠片の記憶億光年のしらべ 永遠の焔をたたえる密かやなかなしみ 瞼閉じれば涯しなき今 星が纏うは薄衣 闇に抱く鴇色の花影

十一歳

小学校のはじめの四年間、何をしていたのだろう。病欠が半分ちかくあったかもしれない。授業では下を向いておとなしくしているばかり。授業の合間に外で遊ぶこともまったくなかった。ひとり教室でぼんやりしていたのだろうか。 十一歳になった。身長が伸びた…

づんだ餅

づんだ餅は祖母の大好物だ。枝豆をやわらかくなるまで塩ゆでして鞘から出し薄皮もとり、つぶしながら少しずつ摺っていくと豆の青い香りが立ち、塩を加えると翡翠色があざやかに映え、砂糖を入れるとなめらかさが増してさらに艶やかになる。熱々の餅と和える…

赤い風舟

みえぬ墓石に跪く黒髪闇をすすみ 砂にもがきあすの扉にひかりなく知らされぬ鍵のゆくえ あふれ定まらぬ怒りにたたずみ丘から水平線をのぞめば海なでる白い羽に仮の宿りを思い知る 森に消えた面影を月に刻み 追いもとめ灼かれた足は宥められ彼方からの調べに…

ひかりの聖堂

飛翔のときか来迎かいのちの糸はいのち享けわが身のさだめ知らされる かがやくそらにいざなわれゆらめく波にあそばれて鼓動たかまりまたしずむ かえらぬ人の影を縫い戻らぬときをしたためて白き調べを弾きくらべ 色をいただく音の波歌を染めるは極楽鳥かさね…

細く微かなもの

背中から腰と脚にかけ激痛が走り、起き上がるにも坐るにも歩くのにも、痛みに耐えながらようやくという状態が続き、一時はこのまま動けなくなるのではないかという怖れすらあった。安静といわれ、とにかくできるだけ外出しないようにしているうち、重だるく…

風の音 龍の耳

インターネット上のやりとり、キーポードから打ち込まれた文字だけではなかなか感情は伝わらず誤解しがちだが、それでもやはり、「感じられる」と「聞こえる」の中間の働きのようなものによって、表された言葉から相手の心の動きを、苛立ち、親愛、悲鳴、歓…

天の水 分かつ

風笛に導かれ漆黒の闇を進む光の珠、銀の毒水を代わり受け、麗明の海に逝きし者の歩みか。天透ける女人の鎮魂歌、言葉奪われし影達の眼差し篤く包みて、古の黒き輝石の邑に染み入り、語る言葉その姿ひそめ語らざるものとの旅に誘う。水を分かつ地に育まれし…

光の扉

見よ 星の旅立つ久遠の扉を楽の音薫る天上の窓を深淵の海に埋もれし新生の泉を 扉の鍵は何処に 明日なき海空に散りし瞳かただ花を手向け黙し跪く姿か哭する背中に差し伸べられた手か それはまた 走抜けた少女の咲きこぼれる笑顔か闇こそ包む愛しき影か食卓に…

与えられた経験

舞い降りた手触りは、紅の衣に包まれた過ぎ去らぬ時。薄れかけた旧き文字に哀惜と歓びの詩あり。海原遥か心結ぶ光の街は宝の箱に収まりきらず。鈴鳴らし道行く牛車に花飾り、見上げる梢に朱の鳳、いま飛び立てり。疾く足高く明日を越え極まることなし。受け…