光の扉

見よ

星の旅立つ久遠の扉を
楽の音薫る天上の窓を
深淵の海に埋もれし新生の泉を

扉の鍵は何処に

明日なき海空に散りし瞳か
ただ花を手向け黙し跪く姿か
哭する背中に差し伸べられた手か

それはまた

走抜けた少女の咲きこぼれる笑顔か
闇こそ包む愛しき影か
食卓に添えられた一輪の風か

耳を澄ませ

ふたりに託されたことばに
古の書物に預けられた調べに
懐かしきふるさとの歌に

いまここに

切り出された静寂の畔を行く
遅く小さき歩みの中に
光立ち

迷い畏れし
漆黒の青に
夜の虹懸れり

 

雑司ヶ谷にある誰だか分からない人の墓、―――これも私の記憶に時々動いた。私はそれが先生と深い縁故のある墓だという事を知っていた。先生の生活に近づきつつありながら、近づくことの出来ない私は、先生の頭の中にある生命の断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれども私に取ってその墓は全く死んだものであった。二人の間にある生命(いのち)の扉を開ける鍵にはならなかった。寧ろ二人の間に立って、自由の往来を妨げる魔物のようであった」(上 十五)

(夏目漱石『こころ』)

与えられた経験

舞い降りた手触りは、紅の衣に包まれた過ぎ去らぬ時。薄れかけた旧き文字に哀惜と歓びの詩あり。海原遥か心結ぶ光の街は宝の箱に収まりきらず。鈴鳴らし道行く牛車に花飾り、見上げる梢に朱の鳳、いま飛び立てり。疾く足高く明日を越え極まることなし。受け継がれた微笑みは遍く溢れ心を包み、ふるさとなき者へ帰りゆく地を恵む。ひとりはひとりに非ず、今は永遠のこと。耳を澄ませば遥かな歌声、目蓋閉じれば躍る姿、そこにあり。


フランクル夜と霧』)

内なる色

光知り初めし幼子の心に宿るは何色か

億光年の沈黙から雫おちる音の誠を写す泉に
懐かしき面影と恥じらいの微笑みが波紋を奏でる

土を耕し育むその見えぬ目は蒼穹の天を仰ぎ
歩みゆくその後ろ姿は時の刻印を知らず

眠り深く明日なき道を辿れば
遠く確かな大河の畔

星秘む夜空に彩り渡る二重の虹
悲しき夢を喜びの歌に編む

ひとり立つは天空の底
ふるさとの響きここに集い遊ぶ

色は己の色を知らず
その色はまた尽きることなし

 


「自分自身の色調の調和から、自分のパレットの色から出発せよ。自然の色から出発するな(No.429)」
「自然から学ぶこと、自然と格闘する事、僕はこれを放棄しようとは思わない。・・・先ず自然に追随しようとする望みのない苦闘から始める。何もかもうまくいかない、遂に自分のパレットから静かに創造するというところに行きつく、自然がこれに同意し、これに従う。併しこの二つのものの対立と言っても、別々に二つが在るというのではない・・・(No.429)」
小林秀雄ゴッホの手紙』)

雪のソナタ

白き野に原初の音を刻み
織りなす響き地を染める

歩を休めれば花灯り
潤いの匂い寄り添いて

窓辺より冬の祈り零れ
はく息鎮み風に結ぶ

穿ち尽くせぬ年の輪ひとつ
はるか来し方の空を眺む

屋根に降り積む訪れに
動かざる心ふと明日を夢見る

漆黒の炎に
深淵の宴あり

日々を引き受けし背に
顔を上げ胸を開く

遠くを眺むる者を
見守る静かなる眼差し

節くれ立つ指に応える
微かなる揺らぎ

地の底より
飛び立てる翼あり

道は果て無し
今も果て無し

小林秀雄ゴッホの手紙』十九頁) 

ひかりかわすことば

あしうらを確かめ坂道に歩を刻む。顔を上げ眼差しは遥かなる海と夕焼ける雲にとけ合いひかり満ちる。古の笛に風の囁きを聞き、鐘の音、篤き大地にいのち深き響きあり。遥かなるものに包まれた慈くしき館の温かさに心和み、空を仰ぎ見て苦を代り受け逝きし影に手を合わせ涙留まること知らず。その声に耳を澄ませ果てしなき闇の深みに沈黙のことばを交わす。死せるものと大いなるものと、いまここにある、風に揺らぐ何者かと。

 (長崎を訪れて)

 

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ふるさとの花

 目を細めているのか、眠っているのか。新しき人を見つめる懐かしき眼差し。抱きしめるのは、いつも近しく遠い、今。樹木に遊び、灼けた大地をどこへまでも走る。汗の雫が舞い下り舞い上がり飛び至りて、古く新しき雲に溶け合う。

 

 母国は異国であった。穏やかな風に道行く人々の何かに追われる足音。交わすことばは心に住処を探している。自分のものではない追いつかぬ時間。

 

 仮の宿りを去りゆく、抱き締めるにはあまりに小さき一輪の花ふたつ。打ち震え哭し慟す肩をつつむ手に誓われた永遠のことばは、日々の歩みを忘れることはなかった。聴こえぬ声は夜空に響き、忘れえぬ色たちは星の明りに集い、見上げる者の瞳にその瞬きを返す。

 

 木のサンダルに紛れ込んだ砂が足にさわる。展望台からの見晴しはどこの景色か。異界に迷い込み彷徨い、戦く友の手を引く。目を伏せ重い足取りで歩むと、白き横顔と黒き揺れる髪に不意に手を曳かれる。夕陽の風に衣がなびき、亜麻色の微笑みに撫でられ、後ろ姿は空に溶けた。静けさの中の邪なき拒むことさえ知らぬ幼き唇。

 

 紺碧の空の下、大きく弧を描く白線を日に焼けた素足が駆け抜ける。広がる青空の下の眩しい姿は懐かしいあの初夏の午後。喉を潤す果実の滴は同じ太陽の賜物。走りたかった、光の下を。でも、すべては彼の地のもの。